木目金を知る



<第17回> 元祖木目金「グリ彫り」について

  2019年2月1日

前回、木目金を考案した元祖である正阿弥伝兵衛について華麗な木目金の作品をご紹介しました。今回はこの正阿弥伝兵衛による木目金技術誕生につながった「グリ彫り」についてご紹介します。

木目金の技術は、江戸時代初期、正阿弥伝兵衛が考案したグリ彫りの鐔に始まると伝えられています。グリ彫りとは銅、赤銅などの色の異なる金属を交互に幾重にも接合したものに、唐草文や渦巻文を彫り下げる技術で、彫った部分に金属の積層模様が現れます。その起源はアイヌの民族文様の影響を受けたとされる説もありますが、中国の漆による「屈輪(ぐり)」が起源との説が一般的です。この屈輪についてまずご説明します。

秋田正阿弥作鐔 銘 出羽秋田住正阿弥伝兵衛 江戸時代中期 銅、赤銅
(川口陟「鐔大觀」刀剣春秋刊より転載)

漆の樹液を器に塗る工芸技法を漆工といいます。古代中国の漆工の一つがこの「屈輪 」です。漆というと現代では輪島漆器や津軽漆器のように、食卓で使う和食器や金の蒔絵が施された工芸品として、みなさまにはなじみがあると思います。木の器の表面に漆を塗ることで製品を丈夫にし長持ちさせます。古代中国では、木製の器に漆を何層も塗り重ねて厚みを出し、これを彫刻するという立体的な表現も広く行われました。この彫り出す文様が、連続した蕨(わらび)状の渦巻紋様のものを屈輪と呼びます。古代よりモチーフとして世界に広まった唐草文様が、中国ではさらにデザイン化が進んで、ハート形や渦巻きのような抽象的な文様が現われました。こうした中国漆器は鎌倉から室町時代にかけ、禅宗とともに茶の湯の道具として、香合などが日本にもたらされて、唐物(からもの)といって珍重されました。そして日本では、この渦巻き文様を「曲々」と書いて「クリクリ」とよび、それが転じて屈輪(ぐり)と呼ぶようになりました。音感が文様名になったのです。

屈輪輪花天目台 南宋時代 漆 東京国立博物館蔵 ©東京国立博物館

後に日本ではこれを模して木に文様を彫り、漆を塗る手法で仏具が作られるようになりましたが、これが鎌倉彫りの起源ともなったことはよく知られています。江戸時代後期には、印籠などにも同じ起源とみられる国産の漆による名品が残っていて、当時このような意匠が広く浸透していたことをうかがい知ることができます。

印籠と根付 江戸時代後期 漆 日本杢目金研究所蔵

またこの中国の屈輪の技法も、さかのぼると南宋時代を中心に行なわれた「犀皮(さいひ)」とよばれる技法が起源とも言われます。黄色や朱色の漆を交互に塗り重ね、最後に表面に黒漆を塗り、幾何学風な文様を斜めに彫り出すと、繊細な漆の色層が現われます。現代に伝わる作品の数は非常に少なく貴重です。東京国立博物館や東京藝術大学美術館に数点コレクションがあります。

さて、ここで正阿弥伝兵衛作のグリ彫りの鐔をもう一度ご覧ください。色の異なる金属の積層に渦巻文様を彫る技法は確かに「屈輪」の技法に似ています。そして、この伝兵衛の「グリ彫り」が「木目金の元祖」と呼ばれるのは、積層した金属材料に彫りを加えるなどして加工するという工程の類似性によるものなのです。正阿弥伝兵衛にはじまる秋田正阿弥派のグリ彫りはたっぷりとした立体感が最大の特徴です。文様の彫りは大胆ですが、大らかで雄大な中にも品があり、まさに元祖の風格を備えています。また丸みを帯びたふくよかな表情を持ち、南宋時代の優雅な屈輪彫りの香合と同等の芸術性を感じることができます。

屈輪香合 明時代 漆 日本杢目金研究所所蔵

正阿弥伝兵衛はこのグリ彫りの技術をさらに発展させ、前回ご紹介したような華麗な文様を生み出す木目金の技術を生み出しました。積層した金属素材に彫りやねじりを加え平板状に金槌で鍛えることで複雑な文様を表現したのです。

このグリ彫りについては、その後さらに技術が完成したのは、時代がさがって江戸時代後期になります。刀の鐔を制作する職人であった高橋正次は文化・文政の頃に活躍し、繊細で優美なグリ彫りの作品を残しました。その後更に正次の養子となった高橋興次がグリ彫りそして木目金を得意としました。現存する高橋正次、興次に始まる高橋派によるみごとな刀装具を見るに、グリ彫り・木目金技術の完成と考えるにふさわしいと言えます。

グリ彫り鐔 銘 高橋正次(花押) 江戸時代中後期 銀、銅、赤銅 日本杢目金研究所蔵

グリ彫り鐔 銘 高橋興次(花押) 江戸時代中後期 銅、赤銅 日本杢目金研究所蔵

杢目金屋では、この歴史あるグリ彫りの技術を現代に受け継ぎ、皆様に一生涯身に着けていただく結婚指輪を心を込めて制作しています。

参考文献:東京国立博物館名品ギャラリー


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