木目金を知る


木目金を知る <第19回>

  2019年2月22日

江戸時代に金、銀、銅や銅合金で作られていた木目金を現代の装身具に活用させるためには、ゴールドやプラチナといった貴金属に置き換えることが不可欠です。前回ご紹介したように、煮色着色により表面に薄い被膜を作る銅合金の色は摩耗により失われていく欠点があるからです。
杢目金屋代表の髙橋正樹は、木目金に関する博士号を取得しています。その博士論文「木目金ジュエリーの装飾表現の可能性」の中で、貴金属による木目金の可能性について述べていますので、一部概要をご紹介します。

博士論文の第二章において、それまでに復元制作した江戸時代の鐔の文様を貴金属に置き換えたカラーサンプルの制作を通じて、その装飾効果の検証を行っています。

その結果、まずは木目金が色の違う金属の色彩を自然に溶け込ませることが出来る新しい可能性のある技術であると述べています。ジュエリーに多用される貴金属の色は、金、銀、銅のグラデーション。木目金はその中間的な色彩のニュアンスを表現できると。

さらには素材と素材が織りなすことによって文様が成立するという木目金の本質の奥深さを貴金属による制作を通じて再認識したと述べています。貴金属に置き換えたカラーサンプルの制作においては、隣接する貴金属の色味が近いと肉眼ではその文様の差が識別出来ない組み合わせが存在したのですが、コントラストを明確にする仕上げ方法として、ほんの少し金属の腐食によって色の境目を強調し装飾効果を高める仕上げ方法を施しています。

素材の金属にねじりや彫りを加え平面にすることで模様を生み出している木目金を腐食によって再度立体にすることで、紡ぎ合わせられた各々の金属が互いに支え合い互いを活かして文様が成立している構造が強調され、そこに存在している支え合うエネルギーを改めて実感させられたと述べています。
腐食によるその僅かな高低差は、単に色と色との境目を明確にするという効果だけではなく、その積層の順番による境目の起伏を明示していて、それは、そこに存在する制作工程の時間の記録さえも明確化しているというのです。

貴金属により制作される木目金のジュエリーの文様は、複雑な色彩を表現しているだけでなく、それが作られた時間をも内包し表現していると言えるのかもしれません。


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木目金を知る <第18回>

  2019年2月1日

「朧銀(ろうぎん、おぼろぎん)」「烏金(からすがね、うきん)」

これらは日本古来の金属の名前です。その色を表しています。自然界に移ろいゆく微妙な景色の色を身近にあるものの色になぞらえ、多くの名前を付けた日本人の感性はとても繊細と言えるでしょう。

江戸時代の木目金は、金、銀、銅、の他に「赤銅(しゃくどう)」、「四分一(しぶいち)」という日本独自の銅合金で制作されています。これらの金属の色の違いにより模様が生み出されているのです。この銅合金は素材のままでは銅の色に似ているため、銀や銅と積層してひねりや、彫りを加えて模様を作った時点では、見た目の色の違いははっきりしません。最後に煮色着色という伝統的な色揚げ方法を用いることで、色が変化し、はっきりと木目金の複雑な文様が浮かび上がるのです。

 

「朧銀」は「四分一」を煮色着色仕上げした金属の別名です。「朧」とは「朧月夜(おぼろづきよ)」という言葉からもわかるようにぼうっとかすんだような状態をあらわします。シャープに光る銀色にかすみがかかったような色を表現して名付けられたのでしょう。銀・1に対して銅・3の割合で合金されています。「烏金」は「赤銅」の別名です。カラスの濡れた羽の色に似ていることからこう呼ばれます。銅と金の合金で、銅100に対して金を1~5%入れます。

 

この煮色着色とは硫酸銅と緑青を水に混ぜ沸騰させた液で煮込む着色方法です。

煮込む時には金属の表面を極限まで凹凸の無い状態に磨きあげ、酸化膜も無い状態にして煮込み液に入れます。このため、煮込む直前になんと、大根おろしの液に浸すのですが、この方法は古来より現在まで変わりません。

煮色着色された金属は表面の色が変化した薄い被膜に覆われた状態になっています。金属の表面を錆びさせていると言えます。この薄い被膜は強くこすれるなどすると徐々に摩耗して失われていくため、仕上げにロウや透明な塗装膜で覆います。このため、現代において普段身につけるジュエリーに活用するには工夫が必要です。

杢目金屋では木目金の魅力を現代に活かすために、銅合金ではなくゴールドやプラチナを用いて表現するための技術開発を行いました。用いる金属の色そのもので模様を表現することで、毎日身につけていても美しい木目模様がいつまでも楽しんでいただけます。 この貴金属の積層による木目模様の表現にはさらなる工夫を施しているのですが、その話については次回ご紹介いたします。


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木目金を知る <第17回>

  2019年2月1日

前回、木目金を考案した元祖である正阿弥伝兵衛について華麗な木目金の作品をご紹介しました。今回はこの正阿弥伝兵衛による木目金技術誕生につながった「グリ彫り」についてご紹介します。

木目金の技術は、江戸時代初期、正阿弥伝兵衛が考案したグリ彫りの鐔に始まると伝えられています。グリ彫りとは銅、赤銅などの色の異なる金属を交互に幾重にも接合したものに、唐草文や渦巻文を彫り下げる技術で、彫った部分に金属の積層模様が現れます。その起源はアイヌの民族文様の影響を受けたとされる説もありますが、中国の漆による「屈輪(ぐり)」が起源との説が一般的です。この屈輪についてまずご説明します。

秋田正阿弥作鐔 銘 出羽秋田住正阿弥伝兵衛 江戸時代中期 銅、赤銅
(川口陟「鐔大觀」刀剣春秋刊より転載)

漆の樹液を器に塗る工芸技法を漆工といいます。古代中国の漆工の一つがこの「屈輪 」です。漆というと現代では輪島漆器や津軽漆器のように、食卓で使う和食器や金の蒔絵が施された工芸品として、みなさまにはなじみがあると思います。木の器の表面に漆を塗ることで製品を丈夫にし長持ちさせます。古代中国では、木製の器に漆を何層も塗り重ねて厚みを出し、これを彫刻するという立体的な表現も広く行われました。この彫り出す文様が、連続した蕨(わらび)状の渦巻紋様のものを屈輪と呼びます。古代よりモチーフとして世界に広まった唐草文様が、中国ではさらにデザイン化が進んで、ハート形や渦巻きのような抽象的な文様が現われました。こうした中国漆器は鎌倉から室町時代にかけ、禅宗とともに茶の湯の道具として、香合などが日本にもたらされて、唐物(からもの)といって珍重されました。そして日本では、この渦巻き文様を「曲々」と書いて「クリクリ」とよび、それが転じて屈輪(ぐり)と呼ぶようになりました。音感が文様名になったのです。

屈輪輪花天目台 南宋時代 漆 東京国立博物館蔵 ©東京国立博物館

後に日本ではこれを模して木に文様を彫り、漆を塗る手法で仏具が作られるようになりましたが、これが鎌倉彫りの起源ともなったことはよく知られています。江戸時代後期には、印籠などにも同じ起源とみられる国産の漆による名品が残っていて、当時このような意匠が広く浸透していたことをうかがい知ることができます。

印籠と根付 江戸時代後期 漆 日本杢目金研究所蔵

またこの中国の屈輪の技法も、さかのぼると南宋時代を中心に行なわれた「犀皮(さいひ)」とよばれる技法が起源とも言われます。黄色や朱色の漆を交互に塗り重ね、最後に表面に黒漆を塗り、幾何学風な文様を斜めに彫り出すと、繊細な漆の色層が現われます。現代に伝わる作品の数は非常に少なく貴重です。東京国立博物館や東京藝術大学美術館に数点コレクションがあります。

さて、ここで正阿弥伝兵衛作のグリ彫りの鐔をもう一度ご覧ください。色の異なる金属の積層に渦巻文様を彫る技法は確かに「屈輪」の技法に似ています。そして、この伝兵衛の「グリ彫り」が「木目金の元祖」と呼ばれるのは、積層した金属材料に彫りを加えるなどして加工するという工程の類似性によるものなのです。正阿弥伝兵衛にはじまる秋田正阿弥派のグリ彫りはたっぷりとした立体感が最大の特徴です。文様の彫りは大胆ですが、大らかで雄大な中にも品があり、まさに元祖の風格を備えています。また丸みを帯びたふくよかな表情を持ち、南宋時代の優雅な屈輪彫りの香合と同等の芸術性を感じることができます。

屈輪香合 明時代 漆 日本杢目金研究所所蔵

正阿弥伝兵衛はこのグリ彫りの技術をさらに発展させ、前回ご紹介したような華麗な文様を生み出す木目金の技術を生み出しました。積層した金属素材に彫りやねじりを加え平板状に金槌で鍛えることで複雑な文様を表現したのです。

このグリ彫りについては、その後さらに技術が完成したのは、時代がさがって江戸時代後期になります。刀の鐔を制作する職人であった高橋正次は文化・文政の頃に活躍し、繊細で優美なグリ彫りの作品を残しました。その後更に正次の養子となった高橋興次がグリ彫りそして木目金を得意としました。現存する高橋正次、興次に始まる高橋派によるみごとな刀装具を見るに、グリ彫り・木目金技術の完成と考えるにふさわしいと言えます。

グリ彫り鐔 銘 高橋正次(花押) 江戸時代中後期 銀、銅、赤銅 日本杢目金研究所蔵

グリ彫り鐔 銘 高橋興次(花押) 江戸時代中後期 銅、赤銅 日本杢目金研究所蔵

杢目金屋では、この歴史あるグリ彫りの技術を現代に受け継ぎ、皆様に一生涯身に着けていただく結婚指輪を心を込めて制作しています。

参考文献:東京国立博物館名品ギャラリー


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木目金を知る <第16回>

  2018年12月20日

前回、日本で最も古く最も優美な木目金の作品とされる小柄を制作した正阿弥伝兵衛その人についてご紹介しました。杢目金屋代表の髙橋正樹がこの他に類を見ない伝兵衛独特の優美な文様を解明するために、この「秋田県指定有形文化財 小柄 金銀地杢目鍛銘正阿弥伝兵衛」の復元研究制作を2003年に行っていますので、改めて概要をご紹介したいと思います。本研究は江戸時代の木目金技術の文様に関する初めての研究制作です。以下は研究論文からの要約です。

 

文化財の研究

日本最古の木目金(杢目金、杢目銅、もくめがね)
秋田県指定有形文化財 小柄 金銀地杢目鍛 銘 正阿弥伝兵衛
昭和38年2月5日指定を参考に江戸時代の木目金模様の研究制作実験報告
2003年5月12日

【金属板の積層の順番と枚数の分析】

まず小柄(こづか)の写真を拡大して文様をトレースして描き写し、何種類の金属が何枚どのように重ねられているかを調べます。文様の細部は繊細で地図の等高線のように複雑な素材の変化が、1ミリ四方の範囲のなかでも複雑に展開されていてます。木目金は積み重ねた金属を鏨などで彫り下げたあとに、金槌で平坦に鍛造加工することで木目状の文様をつくりだす技術です。この工程から表面にあらわれる文様はどの部分を抽出しても、金属の積層の順番が同じになります。

観察の結果、文様のA部とB部の(銅)を境に、積層の順番が逆転していることが判明しました。それは単なる積層順の逆転だけでなく、表示した(銅)の前後にある金属が同一積層であることが、トレース図を等高線に見立てて観察することで確認できました。このことから文様をつくりだす以前に、部分的に積層の順番が逆転する何らかの特殊な加工を施していたと考えられます。さらにC部を観察すると同じように(銅)を境に積層が逆転しており、さらにA部と同じ積層順であることが確認できました。

この結果から積層順の逆転は、規則性をもって行われていると仮定できます。さらに細部を細かく分析してゆくと、積層順の逆転は独特の木目金の文様として指摘した流線形状の部分を一区切りとして、交互に行われていることが明らかになりました。

積層順は「銅、赤銅、金、銅、赤銅、銀、銅、赤銅、金、銅、赤銅、銀、銅、赤銅、金、銅」の16層と判明しました。この金属を積み重ねて、角棒状に鍛造加工し、さらにその後ねじり加工を加えたと推測できます。

分析結果から表、裏、表、裏の合計4回のねじり加工を加えた角棒を、改めて金槌を用いて平板状に鍛造します。これにより、正阿弥伝兵衛独特の木目金の文様の元になるねじり文様がその表面にあらわれます。

以上の分析結果をもとに、実際に復元研究制作を行いました。

1. 文様のトレースで確定した銅6枚、赤銅5枚、金3枚、銀2枚の板材を用意しました。

2. 金属板を順番に積み重ねて加熱し、接合します。その後さらに金槌で鍛え、角棒状に成形します。

3. 表、裏、表、裏の合計4回、積層順に注意しながら、少しずつ慎重にねじり加工を施します。

4. ねじり加工した角棒を、彫っては鍛えという工程をくりかえして板状に成形し、文様をつくりだしていきます。

【復元研究を終えて】

復元研究を終えて今回痛切に感じたことは、その独特の文様が本来の木目金の技術の原理である、「偶然性による産物としての領域」を超えた文様の表出であるという点です。それは正阿弥伝兵衛の偶然を必然として操る確かな技術によって編み出された、高度な技の結晶のゆるぎない存在でもあります。

一見、優雅で清清しい文様も、制作においては精緻な神経と非常に丁寧な作業を要求されます。細部まで制作者の意図が反映されてはじめて可能になる文様であることが復元にあたって体感できました。

正阿弥伝兵衛の木目金技術の可能性に込めた、あくなき探求心をそこに感じたのです。

(杢目金屋代表 髙橋正樹)


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木目金を知る <第15回>

  2018年11月9日

木目金の技術は刀の鐔の制作技術として生み出されました。杢目金屋では、その由来から刀の鐔の形をモチーフとした鐔ジュエリーも制作しています。その中でも華麗な装飾の正阿弥派の鐔を元にした鐔ジュエリーは人気です。
今回はこの鐔の解説を通して木目金の元祖である正阿弥伝兵衛、そして秋田木目金についてご紹介したいと思います。

 

木目金鐔 無銘 江戸時代中後期 赤銅 銅 金 銀

この鐔は「四つ木瓜(よつもっこう)」と呼ばれる形で、江戸時代でも鐔の形として人気があったようです。多くの実をつける瓜の断面の形に似ていることから、子孫繁栄を意味する縁起の良い形として用いられていました。金・銀・赤銅・銅によって制作された木目金の模様はデザイン性が高く、その色合いが金の縁取りとも相まって大変華麗で、一般的に質素な印象が多い木目金の中で珍しい作品です。ストライプの様な木目の中に玉状の木目文様を組み合わせたこのデザインは、最古の木目金作品と称される小柄(刀に添える小刀の持ち手の部分)と同じ技法で作られています。

 

 

秋田県指定文化財 小柄 金銀赤銅素銅鍛銘 出羽秋田住正阿弥伝兵衛 復元製作 高橋正樹

この小柄を制作した正阿弥伝兵衛(鈴木伝兵衛重吉1651年~1728年)が木目金を考案した元祖です。
「正阿弥」という呼称、流派は京都の金工の名家が元であり、江戸期にその一門が全国に散在し発展しました。伝兵衛は江戸で正阿弥に弟子入りし修業後、秋田藩主佐竹家にお抱え工として仕え、素晴らしい刀装具の数々を残しました。そして「秋田正阿弥」の祖となったと考えられています。正阿弥派が庄内、会津、江戸、備前、 伊予、阿波などの各地に広がる中、秋田の一派が最も繁栄し屈輪彫りや木目金の新様式を確立しました。
今回ご紹介した鐔の模様を制作するためには、相当な大きさの地金を用いる必要があり、4種類の金属の板を溶けあわないように接合し加工することは大変な技術を要します。
さらに出来上がった木目金の板を3枚はぎ合わせるという高度な技により、いっそう複雑な模様を生み出しています。金・銀・赤銅・銅を張り合わせた地金を用いたこの華麗な木目金は「秋田木目金」と分類され、その巧みな技 と優美なおもむきは他に類をみません。
この鐔は杢目金屋WEB「木目金美術館」でもご紹介していますので、ぜひご覧ください。


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木目金を知る <第14回>

  2018年10月18日

幕末から明治にかけて来日した外国人が日本の芸術に魅了され、母国に多くの美術品を持ち帰り、後に博物館に寄贈されたものも多くあります。木目金の作品も世界的な博物館に収蔵されています。連載第10回から13回にかけてはロンドンの大英博物館とオックスフォード大学の博物館であるアッシュモレアン博物館の収蔵作品調査の様子についてご紹介しました。

今回はロンドンのビクトリア&アルバート博物館(V&A)の木目金作品のご紹介です。杢目金屋ではNPO法人日本杢目金研究所から「木目金の教科書」を刊行しています。

伝統技術「木目金」の歴史・文化・作品・技法など、体系的にひも解いた教科書的な書籍です。V&Aをはじめとした海外博物館に収蔵されている木目金作品も数多く掲載しており、今回の訪問でそれらの作品が実際に展示されているのを目の当たりにすることができた時は歓喜!!でした。

V&Aは1851年のロンドン万国博覧会の展示品をもとに、1852年に開館した国立博物館で、装飾美術とデザインを専門とし5000年に渡る世界各国の人類の創作遺物を収蔵しています。1909年に現在の立派な宮殿のような建物が竣工しています。

展示室は140室以上もありコレクションの質と内容の豊富さは世界屈指と言われ、大英博物館と同じく入場無料で公開されています。荘厳な建物に囲まれた中庭は子供たちが水遊びするなど憩いの場として親しまれています。

コレクションの内容ごとに展示室のデザインが異なっていて、宮殿のような室内を活かした銀食器の展示室や、

ヨーロッパの中世の豪華な装飾品をシックに展示した空間など、作品だけでなく展示空間そのものが楽しめます。

「Japan」の展示室は日本の建築のデザインを取り入れており、展示ケースの上部に欄間を思わせる装飾が施されています。

日本室の照明がとりわけ薄暗いのは作品の保護のためもありますが、陰影の美を尊ぶ日本を象徴してのことではないでしょうか。展示室では「茶道」「漆」「装身具」などのカテゴリー毎に江戸時代から明治、現代までの作品が展示されています。

そして「SAMURAI」のコーナーに多くの鐔や刀が展示されていました。

探してみると中央辺りにありました!高橋興次の銘入りのグリ彫りの鐔が、そして木目金の鐔も。

グリ彫りの鐔は興次作の同じような作品を杢目金研究所でも所蔵しています。グリ彫りは鐔工の高橋派が最も得意とした技術です。中でも興次の彫りは端整ながら肉置きもたっぷりしていて、堂々とした立体感があります。この連載「木目金を知る」の第1回で取り上げましたが「吉野川図鐔」に代表されるように、木目金を単なる文様を作る技術ではなくイメージを表現する手段にまで高めた興次。彼はグリ彫りの作り手としても右に出るものがいないと言えるほどの名手なのです。

木目金の鐔はシンプルな鉄の地金に木目金が象嵌されています。櫃孔(ひつあな)と呼ばれる本来は刀に添える笄(こうがい:髪を書き上げる道具)を通す穴の部分の他に、ひょうたん型や何の形でしょうか?細長い形状を木目金で象嵌しています。大ぶりな鐔の中に微妙なバランスで小さなアクセントを散りばめています。そのひょうきんな形とは裏腹に非常に手の込んだ木目金の複雑な文様が施されていて、当時の職人の洒落っ気が伺える作品です。

この他にも中央に展示されていた黒い鞘(さや)の大小揃いの刀の飾りは、深いグリ彫りの縁や栗型になっていて、すっきりとしたシンプルな艶黒を引き締めるデザイン性の高い作品として展示されていると思われました。

そして幕末ごろの工芸品を展示しているコーナーにありました、華やかな木目金の花瓶が。

「木目金の教科書」にはV&Aから提供されたこの花瓶の画像を掲載していますが、片方の面のみです。今回の訪問で初めて裏側の木目金の文様も見ることができました!

七宝や漆、螺鈿、金象嵌をあしらったとても華やかな装飾と木目金の文様が調和のとれた美しい作品です。

装飾芸術とデザイン性を視点に世界中の逸品が収集されているため、「Japan」展示室にある作品はどれも一つ一つが大変精巧で細かな装飾が施されていて、見ていて飽きることなく興味深い作品ばかりです。

刀の鐔を例にしても、当時作られた金属工芸技術作品の内、木目金で作られた作品は割合としては非常に少ないにもかかわらずV&Aの展示で取り上げられています。それはやはり木目金の美しさとその技術が表現する奥深さへの評価によるものではないかと今回改めて感じました。


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木目金を知る <第13回>

  2018年10月4日

前回はオックスフォード大学の博物館であるアッシュモレアン博物館にての作品の調査をご紹介しました。菊の花を立体的に表現した鐔など、技術的にも素晴らしく珍しい作品が多く、皆様にもアップ画像を通してその魅力を感じていただけたと思います。

キュレーターのポラールさんには収蔵庫や展示室も案内していただきましたので、今回はその一部をご紹介します。

収蔵庫は博物館の展示室を取り囲むスペースにあります。貴重な収蔵品を後世に伝えるための保存においては、カビやさび、乾燥によるひび割れなどから守るため温湿度管理が重要です。そのため収蔵場所は作品の材質の違いにより分けられています。紙や木製品など有機物の作品と金属などは保管に適した温度と湿度などが異なるためです。鐔など刀装具などの金工品は本来は東洋の陶磁器とは別の収蔵庫に保管したいとのことですが、湿度管理できるケースに別途保管することで対応しているようでした。

湿度管理表が貼られたケース

収蔵庫の一部しかご覧いただけませんが、膨大な作品数のためポラールさんも全ての作品を確認できてはいないとのこと。WEBにもコレクション画像の全てが掲載されている訳ではないらしいので、刀装具の縁や頭など、まだ未発見の木目金作品があるかもしれない!と、調査が進むことを期待して保管庫を後にしました。

アッシュモレアン博物館には世界各国の展示室があり、立派な日本展示室もあります。

連載第11回でもご紹介しましたが、茶室も作られていて、毎月1回お茶会も催されています。このお茶室の設営の様子もパネルで紹介されていました。
狭い空間の中での繊細な造作。日本の数寄屋(茶室)建築技術は芸術ですね。


ポラールさんによると、来館者の日本文化への興味は本当に高いため、作品について良く知ってもらうために展示方法を工夫しているとのこと。印籠をどのように携帯していたかご存知でしょうか。着物の帯に通し根付を帯の縁に引っ掛けぶら下げて使用されていました。その様子が分かるようにと説明イラストと共に、バーに根付を引っ掛けて展示されています。

浮世絵や日本画などの展示作品はポラールさんが監修し毎月展示品を入れ替えているとのこと。来館者にもっと日本美術に親しんでもらえるように、作品を手に取ってさわれるコーナーを設けたい、など熱心に語るポラールさん。数時間に及ぶ鐔の調査の後、閉館時間まで丁寧にご案内いただきました。

今回の訪問によって、江戸時代の木目金の鐔をはじめとする日本の素晴らしい伝統芸術作品が、異国の地でこんなにも愛されて伝えられていると知ることができました。

私たち杢目金屋も、江戸時代から伝わる木目金の作品の調査研究をこれからも続け、作品だけでなくこの貴重な技術をこれからも未来に伝え続けていきます。


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木目金を知る <第12回>

  2018年9月13日

前回に引き続きオックスフォード大学の博物館であるアッシュモレアン博物館での木目金関連作品調査についてお伝えします。先にご紹介した木目金の鐔3点のほかに、同博物館には木目金の元祖と言えるグリ彫りの鐔も4点収蔵されています。

これらを含め1286点もの鐔が収蔵されていて、そのうちの1264点にも上る膨大なコレクションはアーサー・チャーチ氏(Sir Arthur Herbert Church 1834~1915)が収集したものです。英国ロンドン出身で化学者(農芸化学、色素化学)であった彼は、日本の鐔の収集に熱心で、特に晩年は作品を系統立てて揃えるべく精力的に収集していました。そのためコレクションは非常に充実したものとなっており、これらの鐔に関する彼の著作は日本語にも翻訳されています。今回の調査では、このチャーチ氏の収集した鐔に関してアルバート・コープ氏(Albert James Koop 1877~1945)によって書かれた解説書(1925年)を見せていただくこともできました。一般には販売されなかった大変貴重な本のようです。中身は英語ですが、和綴じ(わとじ)になっていて日本で後に製本されたものです。

アッシュモレアン博物館のWEBサイトはとても充実しているのですが、特に東洋美術部門のコーナーは一般的なコレクション紹介ページの他に、このコープ氏の解説本に基づいた各作品の詳細な解説サイトを設けています。これによると、チャーチ氏の関心は植物と幾何学文様に関して高く、そのため人物や動物のモチーフが少ないようです。

だからでしょうか、彼の収集したグリ彫りの鐔はどれも比較的珍しく、中でも菊の花を表現したこの作品は大変珍しく、他では見られないものです。

丸型や木瓜型の鐔の中に唐草模様が彫られたグリ彫りの作品が多い中、この鐔は16枚の花弁をそれぞれグリ彫りで彫り出すことで立体的な菊の花を表現しています。

なおかつその彫り出しにより、赤色の銅と黒色の赤銅(しゃくどう;銅と金の合金)の積層が文様となって表れた、とても面白い構造になっています。

 

積層の線は多数の重なる「菊の花びら」を連想させます。櫃穴(ひつあな)部分の無数の小さな丸の型押しは「菊の花芯」を思わせます。
刀の鐔がだんだんと可愛らしく見えてきますね。

この作品も「菊鐔」と紹介されている鐔です。銀と赤銅の組み合わせがモダンとも言える、とてもシャープなデザインです。

 

こちらは唐草のグリ彫りですが、よく見られる鐔の全面を唐草文様で埋め尽くす形式ではなく、のびやかなつる草の様に曲線をグリ彫りで描いています。背景に赤色のぼかしを用いて絵の様です。優雅な華やかさを表現したとても珍しい作品です。現在の私たちが見ると、まるで西洋の装飾のようにも感じますが、江戸時代の職人はどのような絵を思い描きながら“デザイン”していたのでしょうか。想像すると楽しくありませんか。

 

4つ目のグリ彫りの鐔がこちらです。比較的よく見られる丸型に唐草が彫られたものです。

この鐔の紹介文の英語では「scrolls:渦巻」とされていますが、日本では「唐草文様」と呼ぶことが多く、つる草が絡む様を表し、その生命力を意味するため吉祥文様の一種として古来より良く用いられる装飾モチーフです。

 

今回の7種類の木目金とグリ彫りの鐔の調査、一つ一つ詳細に計測し、部分ごとに観察、撮影も行うため、資料閲覧や収蔵庫、日本展示室の見学も含め一日がかりとなりました。キュレーターのポラールさんに案内していただいた収蔵庫や展示室の様子は次回にご紹介します!

 

アッシュモレアン博物館
https://www.ashmolean.org/eastern-art


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木目金を知る <第11回>

  2018年8月31日

第10回ではロンドンの大英博物館にて木目金の鐔を調査した模様をお伝えしました。100年前に日本でその鐔に出会い、技術の素晴らしさ美しさに感動してイギリスに持ち帰ったに違いない、その同じ感動を得た調査でした。今回は同時期に訪れたアッシュモレアン博物館での調査の模様をお伝えします。

ロンドンから西に電車で1時間のオックスフォード市にアッシュモレアン博物館はあります。オックスフォードといえばご存知の通り、ハーバード大学などと並ぶ世界有数の名門オックスフォード大学のある町です。様々な学問分野の教職員と学生が同じ寮で寝食をともにし学ぶという「カレッジ制」になっていて、それら39のカレッジが集まる総合大学になっています。町の中心部はそれらの建物で占められていて、12世紀に建てられたゴシック様式の石造りの建物はどれもみな荘厳で歴史の重みが感じられ、圧倒される美しさです。

アッシュモレアン博物館はこのオックスフォード大学の博物館であり、1683年に開館した世界最古の大学博物館です。エジプトのミイラからコンテンポラリーアートまで幅広い所蔵品を誇り、日本展示室もありますが、なんと茶室まであるんです! ここでは実際に月に一度「お茶会」が催され(展示室内でですよ)、毎回大変な人気だそうです。

さてこの博物館に収蔵されている木目金の鐔の調査についてです。事前に日本美術部門のキュレーターの方に確認し、木目金の鐔3点、グリ彫りの鐔4点を調査させてもらう事になっていました。欧米では博物館のキュレーター(curator)とは学術的専門知識を持って作品の研究、収集や、展示企画業務を行う職のことで、日本の教授にも相当する専門職です。

調査当日出迎えてくださったのはキュレーターのクレア・ポラール(Clare Pollard)さん。日本の明治の工芸を専門とされていますが幅広く日本美術に通じておられます。2000年の秋には東京国立博物館で調査研究を行われたこともあり、日本語も話される笑顔が素敵な方でした。この日は鐔の調査に加え、収蔵庫、展示室も案内いただき、閉館まで丸一日がかりの調査となりました。

調査室の机は大英博物館と同じく作品を傷つけないように、一面にクッション性のあるフェルトとその上に薄紙が敷かれていました。

いよいよ実物と対面、一つ一つ計測し観察し記録していきます。まずは木目金の作品3点。

こちらは四つ木瓜(よつもっこう)型の小ぶりの鐔です。小刀用と思われます。硫酸銅で煮色着色された銅の赤みが強い大変綺麗な色の鐔です。
赤銅(銅と金の合金)の黒色との2色を用いて、小さい空間の中に趣のある木目金模様を描いた、とても味わい深い作品です。

全体に無数の丸い杢が施された大型の鐔。これだけでも123.5グラムもあり、刀全部では相当な重さだっただろうと改めて感じました。スイスのバウアーファンデーション東洋美術館によく似た鐔が収蔵されています。

とても珍しい装飾の鐔です。鐔の中央部分は3色からなる木目金の上にさらに別の金属を被せてあり、縁の部分も3色の組み合わせになっている大変手の込んだ鐔です。どんな派手好みのおしゃれな武士が持っていたのでしょうね。

 

一つ一つ何か所も厚み等計測し、詳細に写真撮影も行うため、あっという間に調査時間が経ちます。

グリ彫りの鐔4点の調査や収蔵庫、展示室については次回ご紹介しますので、お楽しみに!


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木目金を知る <第10回>

  2018年8月16日

木目金の刀の鐔等の作品は明治時代に海外のコレクターに美術品としてコレクションされ、今では世界中の著名な博物館等に収蔵されています。今回は6月に行ったイギリスの博物館調査の内、まずはロンドンの大英博物館所蔵の木目金作品の調査の模様をお伝えします。

大英博物館は、所蔵品の数が世界最大規模を誇る国立博物館です。 大英帝国最盛期の18~19世紀にかけて世界中から集められた発掘品や美術工芸品など約800万点を収蔵しています。

有名な文化財や芸術品が多数展示されており、ヒエログリフ(古代エジプトの象形文字)解読の重要な手がかりとなった石碑「ロゼッタ・ストーン」や古代エジプトのミイラ、イースター島のモアイ像、などが有名です。

大英博物館が所蔵していることが判明していた木目金の作品は普段は展示されず収蔵品庫に保管されています。1981年にコリングウッド・イングラム(Collingwood Ingram)氏(1881~1981)が亡くなった際に大英博物館に寄付されたものです。彼は鳥類学者であり、またその研究に関連して植物のコレクターでもありました。ビクトリア女王時代の19世紀後半に日本から観賞用の桜が多く持ち込まれ、可憐さからその後ブームとなります。イングラム氏も日本を3度訪れて桜を収集し日本の桜に関する世界的権威となりました。このように日本との縁が深く、そのため日本美術、特に根付のコレクターとなった彼の手に木目金の鐔も収められたのでしょう。桜とともに海を渡った鐔に1世紀近くぶりに我々日本人が再び出会う機会だったかもしれません。

今回の調査は、事前にアジア美術部門に日本杢目金研究所から調査希望を伝えたところ許可がもらえたため渡英調査の運びとなりました。6月中旬のその日は開演前から多くの人々が入口で待っていました。大英博物館は全世界の人々に入場無料で公開し、任意の寄付BOXが設けれられています。貴重な作品の保存・展示に係る費用の多くは寄付で賄われているため、我々もささやかながら協力し、早速開館と同時に指定された調査室に向かいました。

アジア美術の展示室横に位置する調査室の扉をノックする時は緊張しましたが、笑顔で迎えてくれたのが、ダリル・タッパンさん。大英博物館の所蔵品の管理や調査業務のアシスタントの方で、彼女から収蔵庫の様子や管理方法を聞き取りし、また、イギリスで日本美術に詳しい他の博物館を教えていただくなど、この日はとても親切に私たちの調査を手助けしてくださいました。

調査室の広々としたテーブルは作品を傷つけないように全面がクッション性のあるフェルト状の敷物で覆われ、さらにその上に薄紙が敷かれていました。持参したデジタル顕微鏡や測定器具を設置し、用意されていたゴム製の手袋を装着して調査開始。

テーブルには既に木目金の作品である刀の鐔が用意されていました。木目金の鐔1点と、木目金風の装飾の鐔1点です。WEBの画像でしか見たことのなかった木目金の鐔の実物に対面できて大感動!の瞬間です。

いよいよ鐔を手に取り全体の大きさや重さなど詳細な計測を行います。鐔は一見平面に見えますが鐔の中心部分の方が厚みがあるように作られていることが多いため、中心から鐔の縁まで放射状に計24か所の厚みや櫃孔(ひつあな)等を計測します。また各部分の撮影は顕微鏡も使用して何か所も撮影を行いました。

この結果WEB画面だけではわからなかった新たな発見がありました! 鐔の表と裏の面と側面の縁に当たる部分は別々に制作されることが多いのですが、この鐔は表面の木目金の板をそのまま側面にまで加工しています。木目金の模様が側面にまで続いていることからわかります。後から巻き付けたかのような縁(ふち)を同じ一枚の板から木目金の模様を崩さずに制作するのは大変な技術を要します。

また、鐔の表と裏で「虫食い跡」を表現していると思われる形状の部分は、鋼鉄製の型を木目金の板の上から打つことで作成されていました。木目金の模様が続いていることからわかります。さらに型の中を魚々子(ななこ)と呼ばれる先が粒状の鋼鉄製のタガネを用いて装飾しています。今回の詳細な観察を通して、何種類かある虫食い跡が同じ大小の型をいろいろに組み合わせて変化をつけて表現されていることもわかり、その見事な制作技術に感嘆しました。

 

この鐔をイギリスに持ち帰ったイングラム氏は、鳥類や植物の研究者です。木目金で表現された模様や、虫食い表現など、自然を表現する日本人の繊細な手わざに感嘆し、愛でたのではないでしょうか。本当に素晴らしい作品は、時代も国の違いも超えて何世紀にもわたって守り伝え継がれるのだと改めて感じた調査でした。

同じ時に訪れたオックスフォードのアッシュモレアン博物館には7点の木目金とグリ彫りの鐔がありました。いずれも他では見られない装飾技法が含まれている大変興味深い作品です。日本担当学芸員の方に関連の資料や保管庫も見せていただくことができましたので、詳細は引き続きWEB「木目金を知る」に連載していきますのでお楽しみに!


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