木目金を知る


木目金を知る <第22回>

  2019年8月9日

木目金の技術は刀の鐔を作る技術から誕生しました。
刀が武器として用いられていた時代から、平和な江戸の世になるにつれ、刀装具は武士の身分や個性を表現する装身具としての意味合いが強くなりました。そのため装飾性の高い鐔が作られるようになり、複雑な模様を生み出す木目金が用いられるようになったのです。
鐔の形も持ち主の好みに合わせて様々に作られました。いにしえの人々は、単なるデザインとして形を選ぶのではなく、その形により縁起をかついだり願いを込めました。木目金の鐔のご紹介とともにその形の意味をご紹介します。
 
◆丸形
鐔の形として最も多く用いられた形です。「丸」は「完全」を意味し、また「角が無い」など良い意味で万人に好まれる形です。

 
◆木瓜形(もっこうがた)
ウリ科の植物「木瓜」の切り口に似ていることでこう呼ばれます。「木瓜」は多くの実がなることや、鳥の巣の形にも似ているため、「子孫繁栄」を祈る意味で古来より好まれてきた形です。四つ木瓜、五つ木瓜、八つ木瓜等の種類があります。

 
◆障泥形(あおりがた)
「障泥」とは馬具の一部で、泥よけとして馬の胴にかぶせる革具のことをいい、武士にとって身近な形であったため鐔の形状にも用いられました。上部の横幅より下部がいくぶん幅広に作られた安定した形です。

 
◆軍配形(ぐんばいがた)
軍配は古くから悪鬼を払い霊威を呼び寄せるという意味合いで神事などにも用いられてきました。また勝利をつかみ軍配があがるよう良い方向に指揮するために采配を振るように、物事を進めるうえで良い方向への指針を示すという縁起の良い形です。

 
◆菊花形
江戸時代より9月9日を「重陽の節句」、別名「菊の節句」と呼び、菊酒をあおり長寿を祈るなど、日本人にとって縁起が良くなじみ深い花の形です。

 
◆八角形
古代日本において八は「聖数」とされ大変縁起の良い数とされてきました。また全ての方位「八卦(はっけ)」を示しバランスが良く安定した形です。

 
この他にも様々な形の鐔がありますが、そのいずれもが縁起の良い意味を持ち、いにしえ人が大切に身につけていたことが想像できます。
杢目金屋では、そのようないにしえ人の願いを受け継ぎ、江戸時代当時も人気があったと伝えられる「四つ木瓜形」をモチーフとした「鐔ジュエリー」を制作しています。



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木目金を知る <番外編>

  2019年6月14日

木目金フェアにお越しいただくお客さまから、欲しいアイテムとしてジュエリー以外に「腕時計」を挙げていただくことがあります。この度、文字盤を木目金で制作した腕時計が販売されることとなりました。セイコーウオッチ株式会社と杢目金屋がコラボレーションし、セイコー高級ブランド<クレドール>の「ブランド誕生45周年記念モデル」として限定販売されます。

「木目金ダイヤル」としてクレドールのWEBサイトに特設ページが設けられています。
「クレドールがこれまで歩んできた45年の年輪。
これを表現するため、江戸時代から伝承されてきた
金属工芸技術「木目金(もくめがね)」でダイヤルを飾ります。
日本で生まれ、育まれてきた独自の技法が織りなす多彩な模様は、
美しさとともに永遠を紡ぎます。」

クレドールは、100年以上に及ぶ SEIKOの歴史に培われた匠の技、時計本来の伝統工芸技能を守りつつ、常に新しいスタイルを作り出していく提案性を失わないことがブランドコンセプトです。世界に通用するオリジナリティとして、日本人の美意識を凝縮させたデザインを目指し、これまでにも伝統工芸の漆芸を取り入れ、漆黒の漆塗に螺鈿細工と蒔絵が大胆に施されたモデルも発売されています。

「木目金ダイヤル」のデザインコンセプトは「風杢(かぜもく)」
日本の原風景と言える風になびく稲穂をイメージし、黄金色に染まった豊饒の風景をデザインとして昇華させたオリジナルデザインです。
かつて江戸時代に鐔工の高橋興次は「竜田川を漂う紅葉」や「吉野川に浮かぶ桜」のイメージを木目金により刀の鐔の中にデザインしました。流れゆく川が移ろいゆく時の経過を表現しています。今回は時計の文字盤という小さな世界に、目には見えない「風」を表現し、そこに「時」の存在を可視化しました。

今回は、杢目金屋でも初の試みとなったこの時計の文字盤制作の工程をご紹介いたします。
文字盤の木目金は18Kホワイト・イエロー・ピンクゴールド、シルバーの金属により制作しています。

最終的に金属を伸ばして完成した時点の模様を想定してそれぞれの色の金属のプレートを重ねます。通常のリングを制作する時よりも重ねる板が大きく、枚数も多いため、接合にさらなる工夫が必要です。
1枚のプレートの厚みは0.15~0.2㎜。積層して電子炉にて拡散接合します。

1点1点リューターを使用して手作業で彫りを施します。彫りの深さを変えることで表面に出てくる金属の色を変えますが、彫り、加熱、圧延を繰り返し模様を制作していきます。




最終的に文字盤となる板の厚みは0.8mm。その厚みまで伸ばした時に、理想通りの模様になるように、慎重に彫りと伸ばしを繰り返します。


文字盤の大きさの円形に切り出し、最後に模様を際立たせ表情が出るように表面仕上げをして完成です。

この後セイコーウオッチ株式会社にて時計へと仕立てられます。18Kピンクゴールドのケースには、極薄手巻きムーブメント「キャリバー 6890」がおさめられています。厚さわずか1.98mmの薄さゆえに、熟練した時計師でも一日にわずか1個から2個しか組み立てられない、限られた職人の高度な手仕事により生み出される贅沢な逸品に仕上がっています。



今回のコラボ商品は、杢目金屋でいつも制作している結婚指輪とはまた一つ違う難しさがあったようです。その辺りを職人に語ってもらいました。
・試作について
最終的に伸ばして完成した時点の模様がイメージ通りになるように、0.05mm単位で1枚1枚の積層の厚みを変えながら何度も接合、彫りを繰り返しました。文字盤という限られた面積であり、厚みが0.8㎜と決まっているため、積層を深く彫りすぎると規定の厚みになったときに彫跡が表面に残ってしまう。浅くすると模様のイメージが単調に見えてしまう。何層目のシルバーの厚み、ゴールドの厚みを変えるかで模様の印象が大きく変わります。完成品にたどり着くまでいくつの試作をしたかわからないくらいです。

・模様について
手作業によるため二度と全く同じ模様にならない、唯一無二の文様が生まれることが木目金の醍醐味ですが、今回は「風杢」という模様のイメージを保つように、ほぼ同じ模様を制作する必要がありました。少しでも表面を削りすぎると違う模様になってしまうため、刃の角度を一定に保つのに苦労しました。
・仕上げについて
表面に艶消しの加工を施しますが、木目金の特性として数種類の金属を使用しており、素材ごとに硬度が異なるため、表面を荒らす作業の際にむらが起きやすくなります。そのうえリングとは違い広い面積のため、均一な印象に仕上げるのに苦労しました。
また、普段は「平面加工」は行ないませんが、今回は時計という精密機械に設置する文字盤のため為、完全な平らな板の状態に仕上げる必要があります。完成品の厚みは「0.8mm」。硬度の異なる金属でできた極薄の板を完全に平面にするため、ローラーワークやプレスの工程をかなり工夫しました。



このコラボレーション商品の発売は、セイコーウオッチ株式会社の方が日本経済新聞に掲載された代表髙橋へのインタビュー記事をご覧になったのが縁で実現しました。記事は、2015年に結婚指輪をご購入いただいたお客さまが日本経新聞社の記者をされていたご縁によるものです。木目金を探求する高橋に大変ご興味を持って取材していただきました。

江戸時代の木目金作品の復元研究を続け、伝統技術を現代に生きる技術として発展させる取り組みが、また一つ新たな作品を生み出すことにつながっています。

「木目金ダイヤル」は2019年8月9日より全国のクレドールサロン、クレドールショップ にてお取扱い。数量限定(35本)のため事前に各店舗へお問い合わせください。(https://www.credor.com/shop/

WEBサイトで詳しい情報もご覧いただけます。
セイコーウオッチ株式会社https://www.credor.com/45th/mokumegane.html



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木目金を知る <第21回>

  2019年5月16日

日本には代々家に伝わる紋章、今でいうロゴマークとして家紋があります。
杢目金屋が所蔵する江戸時代の木目金の小柄にも家紋入りのものがあります。

 

 

家紋の由来は平安時代にさかのぼります。貴族社会において、自然のモチーフを衣服や調度品の装飾に用いる中で、好みの文様を繰り返し使用している内に、家の象徴としての紋章へと発展したようです。また江戸時代以前の武家社会においては、どの大名の系列かわかるように、ひいては戦場において敵か味方かを区別するために用いられたと言われます。遠くからでも見分けが容易なシンプルな紋章が用いられていたようです。それが江戸時代の太平の世になり町人文化が発達するに連れ、歌舞伎役者や町人が「粋」を競い合って用いたことで広まったようです。
この頃には、代々受け継いで守っていくものとしての家紋にこだわらず、図形として装飾的なデザインとして楽しむ、いわゆる「家紋散らし」と呼ばれるものも登場しています。

革製品の一面にロゴマークを配した海外有名ブランドのモノグラムも実はルーツはこの「家紋散らし」からできたものと言われています。
杢目金屋では、ご結婚指輪の内側に家紋を刻印することができるため、ご両家の家紋を刻印される方も多くいらっしゃいます。


先ほどご紹介した木目金の小柄は、この「家紋散らし」と考えられます。


小柄の全面に配された複雑で繊細な木目金模様が下地となることで、そこに線象眼(せんぞうがん:タガネで細く彫りを入れた部分に金線を埋め込む技法)で描かれた金の家紋がより際立っています。


扇型の家紋は、木目金の元祖、正阿弥伝兵衛がお抱え工になっていた秋田の佐竹藩の家紋と同じものです。

木目金は、その模様表現により、主役にも名脇役にもなることができる装飾技術と言えます。


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木目金を知る <第20回>

  2019年4月18日

金属の積層に彫りやねじりを加えることで生み出される木目金の模様。職人の手作りであるため、一つとして同じ模様は生まれないため、作品の一つ一つが唯一無二と言えます。今回は、それらをあえて特徴的な模様毎に分類してご紹介しましょう。

まず最初は木目金を生み出した秋田正阿弥系の木目金です。流れるような斜めの縞模様と丸い玉杢模様が組み合わされ、金、銀、銅、赤銅の華やかな色合いが特徴です。
彫りとねじりを巧みに組み合わせて模様を生む、元祖木目金の高度な技による木目金です。
正阿弥伝兵衛模様として、杢目金屋のジュエリーの模様にも用いていて大変人気があります。

 

現在残る江戸時代の木目金の鐔で最も一般的と言える模様がこちらです。
金属の積層をランダムにタガネで彫り平らに伸ばすことで、複雑で優雅な模様を生み出しています。

江戸時代後期に武州川越(現在の埼玉県川越市)に住んでいた恒忠が作る木目金は、玉杢模様が特徴です。「玉杢」とは木材の木目模様においても珍重される模様で、渦のような同心円の重なりが生み出す美しい模様です。色の違う金属の積層を丸く彫った後、平らに伸ばすことでこの玉杢が生まれます。恒忠は様々な大きさの玉杢で鐔全体を覆うことで躍動感のある美しい模様を生み出しています。

 

江戸で活躍していた高橋興次の木目金の特徴は、何といっても、鐔という小さな画面に時の流れまでも感じさせる風流な景色をそのまま表現している点です。川面に浮かぶ桜の花や紅葉が具象化されています。それまでは文様を作る技術であった木目金を具体的なイメージを表現する技術に高めています。

 

その興次の模様とは対照的に、こちらは江戸時代後期の鐔に見られるパターン化された文様の木目金です。繊細な垂直なストライプの彫りを不規則に重ねることによって全体としては規則的なパターンとなり、木目金の技術は完全に文様を作る技術として扱われています。

 

最後に大変貴重な木目金の模様をご紹介しましょう。
正阿弥派は全国各地に広がり活躍しましたが、伊予国(現在の愛媛県松山市)の鐔工、正阿弥盛国は珍しい四角紋の模様を残しています。玉杢の制作方法と同じく積層した金属を彫り下げて模様を生み出しますが、四角形に彫り下げた大小の紋様を不規則に鐔の表面に散らすことで、大胆で雄々しい表情を見せています。他には類を見ない特徴的な模様です。

 

木目金の模様は制作者と金属との対話から生み出されると言われます。制作者の意図に偶然性が重ねられて生まれる模様は、世界に一つの唯一無二の模様です。

 


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木目金を知る <第19回>

  2019年2月22日

江戸時代に金、銀、銅や銅合金で作られていた木目金を現代の装身具に活用させるためには、ゴールドやプラチナといった貴金属に置き換えることが不可欠です。前回ご紹介したように、煮色着色により表面に薄い被膜を作る銅合金の色は摩耗により失われていく欠点があるからです。
杢目金屋代表の髙橋正樹は、木目金に関する博士号を取得しています。その博士論文「木目金ジュエリーの装飾表現の可能性」の中で、貴金属による木目金の可能性について述べていますので、一部概要をご紹介します。

博士論文の第二章において、それまでに復元制作した江戸時代の鐔の文様を貴金属に置き換えたカラーサンプルの制作を通じて、その装飾効果の検証を行っています。

その結果、まずは木目金が色の違う金属の色彩を自然に溶け込ませることが出来る新しい可能性のある技術であると述べています。ジュエリーに多用される貴金属の色は、金、銀、銅のグラデーション。木目金はその中間的な色彩のニュアンスを表現できると。

さらには素材と素材が織りなすことによって文様が成立するという木目金の本質の奥深さを貴金属による制作を通じて再認識したと述べています。貴金属に置き換えたカラーサンプルの制作においては、隣接する貴金属の色味が近いと肉眼ではその文様の差が識別出来ない組み合わせが存在したのですが、コントラストを明確にする仕上げ方法として、ほんの少し金属の腐食によって色の境目を強調し装飾効果を高める仕上げ方法を施しています。

素材の金属にねじりや彫りを加え平面にすることで模様を生み出している木目金を腐食によって再度立体にすることで、紡ぎ合わせられた各々の金属が互いに支え合い互いを活かして文様が成立している構造が強調され、そこに存在している支え合うエネルギーを改めて実感させられたと述べています。
腐食によるその僅かな高低差は、単に色と色との境目を明確にするという効果だけではなく、その積層の順番による境目の起伏を明示していて、それは、そこに存在する制作工程の時間の記録さえも明確化しているというのです。

貴金属により制作される木目金のジュエリーの文様は、複雑な色彩を表現しているだけでなく、それが作られた時間をも内包し表現していると言えるのかもしれません。


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木目金を知る <第18回>

  2019年2月1日

「朧銀(ろうぎん、おぼろぎん)」「烏金(からすがね、うきん)」

これらは日本古来の金属の名前です。その色を表しています。自然界に移ろいゆく微妙な景色の色を身近にあるものの色になぞらえ、多くの名前を付けた日本人の感性はとても繊細と言えるでしょう。

江戸時代の木目金は、金、銀、銅、の他に「赤銅(しゃくどう)」、「四分一(しぶいち)」という日本独自の銅合金で制作されています。これらの金属の色の違いにより模様が生み出されているのです。この銅合金は素材のままでは銅の色に似ているため、銀や銅と積層してひねりや、彫りを加えて模様を作った時点では、見た目の色の違いははっきりしません。最後に煮色着色という伝統的な色揚げ方法を用いることで、色が変化し、はっきりと木目金の複雑な文様が浮かび上がるのです。

 

「朧銀」は「四分一」を煮色着色仕上げした金属の別名です。「朧」とは「朧月夜(おぼろづきよ)」という言葉からもわかるようにぼうっとかすんだような状態をあらわします。シャープに光る銀色にかすみがかかったような色を表現して名付けられたのでしょう。銀・1に対して銅・3の割合で合金されています。「烏金」は「赤銅」の別名です。カラスの濡れた羽の色に似ていることからこう呼ばれます。銅と金の合金で、銅100に対して金を1~5%入れます。

 

この煮色着色とは硫酸銅と緑青を水に混ぜ沸騰させた液で煮込む着色方法です。

煮込む時には金属の表面を極限まで凹凸の無い状態に磨きあげ、酸化膜も無い状態にして煮込み液に入れます。このため、煮込む直前になんと、大根おろしの液に浸すのですが、この方法は古来より現在まで変わりません。

煮色着色された金属は表面の色が変化した薄い被膜に覆われた状態になっています。金属の表面を錆びさせていると言えます。この薄い被膜は強くこすれるなどすると徐々に摩耗して失われていくため、仕上げにロウや透明な塗装膜で覆います。このため、現代において普段身につけるジュエリーに活用するには工夫が必要です。

杢目金屋では木目金の魅力を現代に活かすために、銅合金ではなくゴールドやプラチナを用いて表現するための技術開発を行いました。用いる金属の色そのもので模様を表現することで、毎日身につけていても美しい木目模様がいつまでも楽しんでいただけます。 この貴金属の積層による木目模様の表現にはさらなる工夫を施しているのですが、その話については次回ご紹介いたします。


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木目金を知る <第17回>

  2019年2月1日

前回、木目金を考案した元祖である正阿弥伝兵衛について華麗な木目金の作品をご紹介しました。今回はこの正阿弥伝兵衛による木目金技術誕生につながった「グリ彫り」についてご紹介します。

木目金の技術は、江戸時代初期、正阿弥伝兵衛が考案したグリ彫りの鐔に始まると伝えられています。グリ彫りとは銅、赤銅などの色の異なる金属を交互に幾重にも接合したものに、唐草文や渦巻文を彫り下げる技術で、彫った部分に金属の積層模様が現れます。その起源はアイヌの民族文様の影響を受けたとされる説もありますが、中国の漆による「屈輪(ぐり)」が起源との説が一般的です。この屈輪についてまずご説明します。

秋田正阿弥作鐔 銘 出羽秋田住正阿弥伝兵衛 江戸時代中期 銅、赤銅
(川口陟「鐔大觀」刀剣春秋刊より転載)

漆の樹液を器に塗る工芸技法を漆工といいます。古代中国の漆工の一つがこの「屈輪 」です。漆というと現代では輪島漆器や津軽漆器のように、食卓で使う和食器や金の蒔絵が施された工芸品として、みなさまにはなじみがあると思います。木の器の表面に漆を塗ることで製品を丈夫にし長持ちさせます。古代中国では、木製の器に漆を何層も塗り重ねて厚みを出し、これを彫刻するという立体的な表現も広く行われました。この彫り出す文様が、連続した蕨(わらび)状の渦巻紋様のものを屈輪と呼びます。古代よりモチーフとして世界に広まった唐草文様が、中国ではさらにデザイン化が進んで、ハート形や渦巻きのような抽象的な文様が現われました。こうした中国漆器は鎌倉から室町時代にかけ、禅宗とともに茶の湯の道具として、香合などが日本にもたらされて、唐物(からもの)といって珍重されました。そして日本では、この渦巻き文様を「曲々」と書いて「クリクリ」とよび、それが転じて屈輪(ぐり)と呼ぶようになりました。音感が文様名になったのです。

屈輪輪花天目台 南宋時代 漆 東京国立博物館蔵 ©東京国立博物館

後に日本ではこれを模して木に文様を彫り、漆を塗る手法で仏具が作られるようになりましたが、これが鎌倉彫りの起源ともなったことはよく知られています。江戸時代後期には、印籠などにも同じ起源とみられる国産の漆による名品が残っていて、当時このような意匠が広く浸透していたことをうかがい知ることができます。

印籠と根付 江戸時代後期 漆 日本杢目金研究所蔵

またこの中国の屈輪の技法も、さかのぼると南宋時代を中心に行なわれた「犀皮(さいひ)」とよばれる技法が起源とも言われます。黄色や朱色の漆を交互に塗り重ね、最後に表面に黒漆を塗り、幾何学風な文様を斜めに彫り出すと、繊細な漆の色層が現われます。現代に伝わる作品の数は非常に少なく貴重です。東京国立博物館や東京藝術大学美術館に数点コレクションがあります。

さて、ここで正阿弥伝兵衛作のグリ彫りの鐔をもう一度ご覧ください。色の異なる金属の積層に渦巻文様を彫る技法は確かに「屈輪」の技法に似ています。そして、この伝兵衛の「グリ彫り」が「木目金の元祖」と呼ばれるのは、積層した金属材料に彫りを加えるなどして加工するという工程の類似性によるものなのです。正阿弥伝兵衛にはじまる秋田正阿弥派のグリ彫りはたっぷりとした立体感が最大の特徴です。文様の彫りは大胆ですが、大らかで雄大な中にも品があり、まさに元祖の風格を備えています。また丸みを帯びたふくよかな表情を持ち、南宋時代の優雅な屈輪彫りの香合と同等の芸術性を感じることができます。

屈輪香合 明時代 漆 日本杢目金研究所所蔵

正阿弥伝兵衛はこのグリ彫りの技術をさらに発展させ、前回ご紹介したような華麗な文様を生み出す木目金の技術を生み出しました。積層した金属素材に彫りやねじりを加え平板状に金槌で鍛えることで複雑な文様を表現したのです。

このグリ彫りについては、その後さらに技術が完成したのは、時代がさがって江戸時代後期になります。刀の鐔を制作する職人であった高橋正次は文化・文政の頃に活躍し、繊細で優美なグリ彫りの作品を残しました。その後更に正次の養子となった高橋興次がグリ彫りそして木目金を得意としました。現存する高橋正次、興次に始まる高橋派によるみごとな刀装具を見るに、グリ彫り・木目金技術の完成と考えるにふさわしいと言えます。

グリ彫り鐔 銘 高橋正次(花押) 江戸時代中後期 銀、銅、赤銅 日本杢目金研究所蔵

グリ彫り鐔 銘 高橋興次(花押) 江戸時代中後期 銅、赤銅 日本杢目金研究所蔵

杢目金屋では、この歴史あるグリ彫りの技術を現代に受け継ぎ、皆様に一生涯身に着けていただく結婚指輪を心を込めて制作しています。

参考文献:東京国立博物館名品ギャラリー


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木目金を知る <第16回>

  2018年12月20日

前回、日本で最も古く最も優美な木目金の作品とされる小柄を制作した正阿弥伝兵衛その人についてご紹介しました。杢目金屋代表の髙橋正樹がこの他に類を見ない伝兵衛独特の優美な文様を解明するために、この「秋田県指定有形文化財 小柄 金銀地杢目鍛銘正阿弥伝兵衛」の復元研究制作を2003年に行っていますので、改めて概要をご紹介したいと思います。本研究は江戸時代の木目金技術の文様に関する初めての研究制作です。以下は研究論文からの要約です。

 

文化財の研究

日本最古の木目金(杢目金、杢目銅、もくめがね)
秋田県指定有形文化財 小柄 金銀地杢目鍛 銘 正阿弥伝兵衛
昭和38年2月5日指定を参考に江戸時代の木目金模様の研究制作実験報告
2003年5月12日

【金属板の積層の順番と枚数の分析】

まず小柄(こづか)の写真を拡大して文様をトレースして描き写し、何種類の金属が何枚どのように重ねられているかを調べます。文様の細部は繊細で地図の等高線のように複雑な素材の変化が、1ミリ四方の範囲のなかでも複雑に展開されていてます。木目金は積み重ねた金属を鏨などで彫り下げたあとに、金槌で平坦に鍛造加工することで木目状の文様をつくりだす技術です。この工程から表面にあらわれる文様はどの部分を抽出しても、金属の積層の順番が同じになります。

観察の結果、文様のA部とB部の(銅)を境に、積層の順番が逆転していることが判明しました。それは単なる積層順の逆転だけでなく、表示した(銅)の前後にある金属が同一積層であることが、トレース図を等高線に見立てて観察することで確認できました。このことから文様をつくりだす以前に、部分的に積層の順番が逆転する何らかの特殊な加工を施していたと考えられます。さらにC部を観察すると同じように(銅)を境に積層が逆転しており、さらにA部と同じ積層順であることが確認できました。

この結果から積層順の逆転は、規則性をもって行われていると仮定できます。さらに細部を細かく分析してゆくと、積層順の逆転は独特の木目金の文様として指摘した流線形状の部分を一区切りとして、交互に行われていることが明らかになりました。

積層順は「銅、赤銅、金、銅、赤銅、銀、銅、赤銅、金、銅、赤銅、銀、銅、赤銅、金、銅」の16層と判明しました。この金属を積み重ねて、角棒状に鍛造加工し、さらにその後ねじり加工を加えたと推測できます。

分析結果から表、裏、表、裏の合計4回のねじり加工を加えた角棒を、改めて金槌を用いて平板状に鍛造します。これにより、正阿弥伝兵衛独特の木目金の文様の元になるねじり文様がその表面にあらわれます。

以上の分析結果をもとに、実際に復元研究制作を行いました。

1. 文様のトレースで確定した銅6枚、赤銅5枚、金3枚、銀2枚の板材を用意しました。

2. 金属板を順番に積み重ねて加熱し、接合します。その後さらに金槌で鍛え、角棒状に成形します。

3. 表、裏、表、裏の合計4回、積層順に注意しながら、少しずつ慎重にねじり加工を施します。

4. ねじり加工した角棒を、彫っては鍛えという工程をくりかえして板状に成形し、文様をつくりだしていきます。

【復元研究を終えて】

復元研究を終えて今回痛切に感じたことは、その独特の文様が本来の木目金の技術の原理である、「偶然性による産物としての領域」を超えた文様の表出であるという点です。それは正阿弥伝兵衛の偶然を必然として操る確かな技術によって編み出された、高度な技の結晶のゆるぎない存在でもあります。

一見、優雅で清清しい文様も、制作においては精緻な神経と非常に丁寧な作業を要求されます。細部まで制作者の意図が反映されてはじめて可能になる文様であることが復元にあたって体感できました。

正阿弥伝兵衛の木目金技術の可能性に込めた、あくなき探求心をそこに感じたのです。

(杢目金屋代表 髙橋正樹)


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木目金を知る <第15回>

  2018年11月9日

木目金の技術は刀の鐔の制作技術として生み出されました。杢目金屋では、その由来から刀の鐔の形をモチーフとした鐔ジュエリーも制作しています。その中でも華麗な装飾の正阿弥派の鐔を元にした鐔ジュエリーは人気です。
今回はこの鐔の解説を通して木目金の元祖である正阿弥伝兵衛、そして秋田木目金についてご紹介したいと思います。

 

木目金鐔 無銘 江戸時代中後期 赤銅 銅 金 銀

この鐔は「四つ木瓜(よつもっこう)」と呼ばれる形で、江戸時代でも鐔の形として人気があったようです。多くの実をつける瓜の断面の形に似ていることから、子孫繁栄を意味する縁起の良い形として用いられていました。金・銀・赤銅・銅によって制作された木目金の模様はデザイン性が高く、その色合いが金の縁取りとも相まって大変華麗で、一般的に質素な印象が多い木目金の中で珍しい作品です。ストライプの様な木目の中に玉状の木目文様を組み合わせたこのデザインは、最古の木目金作品と称される小柄(刀に添える小刀の持ち手の部分)と同じ技法で作られています。

 

 

秋田県指定文化財 小柄 金銀赤銅素銅鍛銘 出羽秋田住正阿弥伝兵衛 復元製作 高橋正樹

この小柄を制作した正阿弥伝兵衛(鈴木伝兵衛重吉1651年~1728年)が木目金を考案した元祖です。
「正阿弥」という呼称、流派は京都の金工の名家が元であり、江戸期にその一門が全国に散在し発展しました。伝兵衛は江戸で正阿弥に弟子入りし修業後、秋田藩主佐竹家にお抱え工として仕え、素晴らしい刀装具の数々を残しました。そして「秋田正阿弥」の祖となったと考えられています。正阿弥派が庄内、会津、江戸、備前、 伊予、阿波などの各地に広がる中、秋田の一派が最も繁栄し屈輪彫りや木目金の新様式を確立しました。
今回ご紹介した鐔の模様を制作するためには、相当な大きさの地金を用いる必要があり、4種類の金属の板を溶けあわないように接合し加工することは大変な技術を要します。
さらに出来上がった木目金の板を3枚はぎ合わせるという高度な技により、いっそう複雑な模様を生み出しています。金・銀・赤銅・銅を張り合わせた地金を用いたこの華麗な木目金は「秋田木目金」と分類され、その巧みな技 と優美なおもむきは他に類をみません。
この鐔は杢目金屋WEB「木目金美術館」でもご紹介していますので、ぜひご覧ください。


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木目金を知る <第14回>

  2018年10月18日

幕末から明治にかけて来日した外国人が日本の芸術に魅了され、母国に多くの美術品を持ち帰り、後に博物館に寄贈されたものも多くあります。木目金の作品も世界的な博物館に収蔵されています。連載第10回から13回にかけてはロンドンの大英博物館とオックスフォード大学の博物館であるアッシュモレアン博物館の収蔵作品調査の様子についてご紹介しました。

今回はロンドンのビクトリア&アルバート博物館(V&A)の木目金作品のご紹介です。杢目金屋ではNPO法人日本杢目金研究所から「木目金の教科書」を刊行しています。

伝統技術「木目金」の歴史・文化・作品・技法など、体系的にひも解いた教科書的な書籍です。V&Aをはじめとした海外博物館に収蔵されている木目金作品も数多く掲載しており、今回の訪問でそれらの作品が実際に展示されているのを目の当たりにすることができた時は歓喜!!でした。

V&Aは1851年のロンドン万国博覧会の展示品をもとに、1852年に開館した国立博物館で、装飾美術とデザインを専門とし5000年に渡る世界各国の人類の創作遺物を収蔵しています。1909年に現在の立派な宮殿のような建物が竣工しています。

展示室は140室以上もありコレクションの質と内容の豊富さは世界屈指と言われ、大英博物館と同じく入場無料で公開されています。荘厳な建物に囲まれた中庭は子供たちが水遊びするなど憩いの場として親しまれています。

コレクションの内容ごとに展示室のデザインが異なっていて、宮殿のような室内を活かした銀食器の展示室や、

ヨーロッパの中世の豪華な装飾品をシックに展示した空間など、作品だけでなく展示空間そのものが楽しめます。

「Japan」の展示室は日本の建築のデザインを取り入れており、展示ケースの上部に欄間を思わせる装飾が施されています。

日本室の照明がとりわけ薄暗いのは作品の保護のためもありますが、陰影の美を尊ぶ日本を象徴してのことではないでしょうか。展示室では「茶道」「漆」「装身具」などのカテゴリー毎に江戸時代から明治、現代までの作品が展示されています。

そして「SAMURAI」のコーナーに多くの鐔や刀が展示されていました。

探してみると中央辺りにありました!高橋興次の銘入りのグリ彫りの鐔が、そして木目金の鐔も。

グリ彫りの鐔は興次作の同じような作品を杢目金研究所でも所蔵しています。グリ彫りは鐔工の高橋派が最も得意とした技術です。中でも興次の彫りは端整ながら肉置きもたっぷりしていて、堂々とした立体感があります。この連載「木目金を知る」の第1回で取り上げましたが「吉野川図鐔」に代表されるように、木目金を単なる文様を作る技術ではなくイメージを表現する手段にまで高めた興次。彼はグリ彫りの作り手としても右に出るものがいないと言えるほどの名手なのです。

木目金の鐔はシンプルな鉄の地金に木目金が象嵌されています。櫃孔(ひつあな)と呼ばれる本来は刀に添える笄(こうがい:髪を書き上げる道具)を通す穴の部分の他に、ひょうたん型や何の形でしょうか?細長い形状を木目金で象嵌しています。大ぶりな鐔の中に微妙なバランスで小さなアクセントを散りばめています。そのひょうきんな形とは裏腹に非常に手の込んだ木目金の複雑な文様が施されていて、当時の職人の洒落っ気が伺える作品です。

この他にも中央に展示されていた黒い鞘(さや)の大小揃いの刀の飾りは、深いグリ彫りの縁や栗型になっていて、すっきりとしたシンプルな艶黒を引き締めるデザイン性の高い作品として展示されていると思われました。

そして幕末ごろの工芸品を展示しているコーナーにありました、華やかな木目金の花瓶が。

「木目金の教科書」にはV&Aから提供されたこの花瓶の画像を掲載していますが、片方の面のみです。今回の訪問で初めて裏側の木目金の文様も見ることができました!

七宝や漆、螺鈿、金象嵌をあしらったとても華やかな装飾と木目金の文様が調和のとれた美しい作品です。

装飾芸術とデザイン性を視点に世界中の逸品が収集されているため、「Japan」展示室にある作品はどれも一つ一つが大変精巧で細かな装飾が施されていて、見ていて飽きることなく興味深い作品ばかりです。

刀の鐔を例にしても、当時作られた金属工芸技術作品の内、木目金で作られた作品は割合としては非常に少ないにもかかわらずV&Aの展示で取り上げられています。それはやはり木目金の美しさとその技術が表現する奥深さへの評価によるものではないかと今回改めて感じました。


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